【見合い話】


「お話って何でしょうか? 陛下」

 それはソウ王子とエルヴィーラ姫の婚姻から、更に一年が経過し
た頃の事でした。
 まだまだ新国王として、慣れない国務に追われるソウ国王陛下が、
親衛隊長のローランだけを執務室に呼んだのです。

 他の者を下がらせて、二人だけで話したいと言う事で、ローラン
のあいも変わらず端正な顔もやや緊張の色が浮かんでいます。

 ですが、ソウ陛下は…。

「…二人っきりの時は陛下も、言葉使いも元のままで良いってるだ
ろ! なーんか僕もちょっと息抜きしたくてさ…」

 そう言って、大きくため息を吐くのでした。

 それを見たローランは、今度は心配顔になって陛下に語り掛ける
のでした。

「…じゃあ、遠慮なく…。ため息なんて何か心配事か? 国王のお
前がそんなしけた顔してるのは国の指揮に関わるだろーが」

 彼の普段の態度からは想像も付かない言葉の砕けっぷり&陛下に
対する礼儀の無さ加減は、他の臣下が聞いたら腰を抜かしそうです
が、当の陛下は全く気にした様子もありません。
 それどころか、ローランの気遣いに、陛下はますます大きなため
息を吐いてしまうのでした。
 その理由は…?

「…ゴメン、ローラン。不甲斐ない僕を許してくれ…」
「…は?」

 そう言うと、今度はローランに向かって頭を下げるのです。
 その行動の意味が分からないローランは、ますます困惑して言い
ました。

「許すとか許さねーとか、ともかく話してくれないと分からねーん
だけど…」
「じゃあ、前借りで許すって言ってよ…」

 頭を下げながらも、そんな事を言ってくる陛下に、ローランは半
分呆れながらも、彼がこんな事を言えるのは自分だけと分かってい
るため、ついつい嬉しくなって来るのでした。
 兄貴分としては仕方ないと、寛容な態度を見せる事にしたのです。

「ずーずーしいな、お前は! 分かったよ。許すから話せ!」

 ローランがそう言ってくれるのが、既に分かっている表情で、陛
下は勢い良く顔を上げました。

「絶対だよ!」

 そう言う陛下の顔は、少年そのもの…、と言いいますか、本当に
ソウ陛下は、前国王が高齢のために王位を継承したため、まだ十五
にもなっていない正真正銘の少年なのです。

 しかし、普段はこんな少年らしい表情などは、臣下には微塵も見
せないのです。

 国の長たる王として、毅然と振舞う彼がこんな表情をする事を知
っているのは、彼の両親と、このローラン、そしてあともう一人し
かいませんでした。
 そして、残されたもう一人こそが、今回陛下の頭を悩ませている
張本人なのでした。

「…実は…、お見合いの話があるんだよね…」

 全く想定外の『お見合い』という言葉を聞いて、ローランの顔は
一瞬固まりました。
 ですが、この少年陛下ですら、既に妻帯している事ですし、それ
より更に五歳以上も年上の自分にそういった話があってもおかしく
は無い話です。

「…それは…、急な話だなぁ…。でも、まあ、うーん…、しろって
言われればするけど…、一体誰からの話なんだ?」

 そう言うと、陛下は三度目の大きなため息を吐きながら言いまし
た。

「…エルヴィーラ…」

 その名前を聞き、ローランの顔にいやーな汗が浮かぶのが分かり
ました。

「…エルヴィーラ様…、お前の奥方…ジャーデ国王妃になられたエ
ルヴィーラ様の事…だよな…」
「他に僕の知っているエルヴィーラはいないよ…」
「…奇遇だな、俺もだ…」

 なるほど、陛下の口が重い訳が何となく理解出来ました。

 しかし…。

「っていうか、なーんでエルヴィーラ様が俺のお見合いをセッティ
ングすんだよ! そーゆーのはもっと年取った人の趣味として残し
ておけよ!」
「ウ、ウソつきー! 許すって言っただろー! 僕だってずっと説
得したんだよ! でももうね、日にちも決めちゃって、今頭ごなし
に中止なんかしたら、その被害はローラン以外にも及ぶよ! 僕の
危機、ひいては国の危機だよ!」
「お前なー! 臣下にそーゆー事言うなよ! 俺のせいじゃないだ
ろ! さっさと子供でも何でも作れば、エルヴィーラ様だってお前
が構ってくれない暇を潰せるんだ! お前、夫なんだから! お前
が頑張ってくれよ!」
「――! しょ、しょうがないだろ!こ、こればっかりは! ボ、
僕だってが、がががが頑張って――」

 そう言うと、耳まで真っ赤になってしまう少年陛下なのでした。
 色恋沙汰には人一倍うぶな少年王の、そんな姿を見てしまうと、
確かにまだ男女の何たるかをこの少年に要求するのは、少し気の毒
になって来てしまうのでした。

 今度はローランが大きなため息を吐いて言いました。

「…分かった。分かったよ。良いよ、俺が見合いをすりゃ、エルヴ
ィーラ様の気が晴れて、お前も国も安泰になるなら、その位お安い
御用だ。俺は喜んでこの身を投げ出しますよ」
「…ゴメン、ローラン。でも、エルヴィーラは僕達を結び付けてく
れた君に本当に感謝してるんだよ。だから、お節介と…、確かに暇
ってのもあるんだけど、本心は君にも早く良い相手を見つけてあげ
たいっていう事だと思うんだ…」

 エルヴィーラ様の人柄は、ローランも良く知っているため、確か
に自分の事を思ってはくれているんだろうと納得するしかありませ
ん。

「…分かってるって。でも、姫様以前は俺の事好きみたいだったの
になー。もう良いんだ! ちぇー、がっかりー」
「ローラン!」
「冗談ですー!」

 そんな軽口で自分を許そうというローランを見て、陛下はふと尋
ねてみるのでした。

「…そうだ! もう既に好きな人とかがいれば諦めるかも! いな
いの?」

 不意打ちとも言える質問に、ローランはやや面食らいつつも、
うーんと唸り考え込んでしまいました。

「……だって、女の人と接点ないしなあ…。ソウに四六時中くっつ
いてて出会いも何もねーだろう」

 そう聞くと、陛下も妙に納得してしまうのでした。

 この国の情勢は、他の国に比べると、確かに複雑で、国内外に
様々な問題を抱えているのです。
 簡単に言っても、国が先代国王の時に急に裕福になったと言うだ
けでも、国際交流的に緊張感を生んでいます。
 そういった事情もあるため、頂点の国王が処理しなければならな
い事は山積みで、そんな状況であるからこそ、身辺警護の臣下達を
束ね、しかも陛下の身の危険を守る親衛隊長にも、『暇』というも
のが無いのです。

 しかもローランは天涯孤独の身なので、そう言った話が親類縁者
から持ち上がると言った事も今まで全くありませんでした。

「…でもそれって、罪だよね…」

 しみじみと陛下はつぶやくのでした。
 何故かと言えば、腕も顔も立つ美貌の親衛隊長に、城に遣える女
性のほとんどの者が心奪われている事実があるからです。
 もしかしたら、男性の中にもそういった者がいてもおかしくない
かもしれません。

 先程話の出た、エルヴィーラ様ですら、最初はソウ陛下などは眼
中に無い程に、ローランに夢中になっていたのですから。

「そんな事言われてもなあ…」

 複雑な幼少期を過ごしたローランにとって、王子だったソウ陛下
に出会って心の安泰を得るまでは、生きる事だけで精一杯だったの
です。
 そしてソウ陛下の側に仕えてからというのもは、今と同じように、
忙しさにかまけてそんな事はついぞ考える事はありませんでした。
 すべからく、本人にその気が起こらなければ、恋愛というものは、
発展しようがないのです。

 兎にも角にもローランが承知してくれたので、陛下は嬉々として
日にちをローランに告げるのでした。

「明日の午後にお茶会を開くって言うから、それに出席すれば良い
らしいよ。まあ、エルヴィーラの思惑はどうでも、それで気に入っ
た女性が出来れば、僕も嬉しいな」

 こんな事を抜け抜けと言う陛下を、心憎く思いながらも、やはり
そう言う風に仕組まれた出会いには、少々辟易してしまうローラン
なのでした。

続く