【関心】


「手ごたえアリよ! ローランはマリルを気に入ったと思うわ!」

 お茶会(お見合い)の夜、寝室で陛下に向かい、高らかにエルヴ
ィーラ様は報告をしていました。

「…そんな…、今日だけじゃ分からないんじゃ…」
「何言ってんのよ! ソウだってあたしと一回しか会ってなかった
じゃないの! でもあたしは今やソウのお妃なんですからね!」
「…そりゃそうだけど…」

 公務で疲弊している陛下に、エルヴィーラ様の強気な発言が飛び
ます。

「俄然やる気が出て来たわ! 実際あのローランが興味を示す娘が
侍女の中に現れるなんて思わなかったけど、やってみるものよね
ぇー」

 その声はどこまでも満足げで、陛下はこの屈託の無い奥方に、
少々釘を刺さなければならない気になって来ました。
 確かにローランがふさわしい相手を見つける事に協力するのは、
陛下もやぶさかではないのですが…。

「エルヴィーラ、ちょっとそこに座りなさい」

 陛下は重々しい声で言いました。
 態度が変わったのが分かると、今まではしゃいでいたエルヴィー
ラ様は、急に顔を引き締め、陛下の横にちょこんと座るのでした。
 そして、その容姿をフルに生かした愛らしい仕草で問いかけます。

「なぁに?」

 ですがそんな態度に騙されるソウ陛下ではありません。

「可愛く言ってもダメ!」

 エルヴィーラ様は口を尖らせました。
 年齢から言えば、彼女の方が四歳も年上なのですが、この二人は
おおよそこのような逆転した掛け合いになってしまうのです。

「なにようー!」
「約束したよね、エルヴィーラ。無理強いは無し! 変な裏工作も
無し! お互いの気持ちに任せるって!」
「…それはそうだけど…。演出も大事じゃないの! だってそのま
まにしてたら、ソウと一緒で、暇の無いローランに色恋沙汰なんて
起こらないわよ!」
「う…、そ、そりゃそうだけど…」

 それを言われると辛い所です。
 ですが、ローランの人生にも関わってくる事なので、この位でひ
るむ訳には行きません。
 今度は懇願の体に切り替えてみました。

「…エルヴィーラ、分かってるだろ。ローランは僕の一番大事な友
人…、というか兄弟のように思ってるんだ。彼には本当に幸せにな
って欲しいんだよ。今回の事だって、そうなって欲しいから許可し
たんじゃないか」
「…それは…あたしだって分かってるわよ。ソウがどんなにローラ
ンが好きなのかだって…」

 いきなり出てきた『好き』と言う言葉に、陛下は虚をつかれ、頬
を赤らめます。

「…いや、好きっていうのは…、ちょっと恥ずかしいんだけど…。
っていうか、違う! そうじゃなくて! ローランは僕達を結び付
けるために、体を張ってくれたじゃないか! エルヴィーラもロー
ランに感謝してるって言ってただろ!」

 陛下の悲鳴のような声にも平然と、エルヴィーラ様はこんな事を
言い出すのでした。

「もちろんよ!ソウが冷たかった時、ローランが励ましてくれたん
だもの! じゃなきゃ、あたし、今頃ジラルディーノで幽閉だった
んだから! ホントに酷いわよ! ソウは!」

 これは二人の婚約の時、王子だった彼が、姫の自由を確保するた
めに取った態度の事を言っているのです。
 一時は自国に戻るしかないという境地にまで追い込まれたエルヴ
ィーラ様は、自分の分が悪くなったりすると、こうやって文句を言
い出すのでした。

「…だから、それには色々事情があったって言ってるのに…、って
そうじゃなくて! そんなローランを困らせるような事をしないで
って事なんだよ!」
「心配しないで、ソウ。あたしだってあなたと同じ気持ちでやって
るんだから! 見ててちょうだい! きっとローランを幸せにして
みせるわ!」
「だから〜〜〜、ローランの幸せはローランに任せて温かく見守っ
て欲しいって言ってるんだよ〜〜〜!」

 主旨をどうやっても曲げようとする物言いに、ソウ陛下は涙目に
なって来ました。
 もちろんそれは陛下の言葉を煙に巻く、エルヴィーラ様の作戦だ
ったのですが、こんな顔をされてはさすがの彼女も心が痛みます。
 陛下の言葉など、断固拒否して、ローランの色恋沙汰をコント
ロールしたい気持ちで一杯だったのですが、そこは惚れた者の弱い
所です。

「…分かった、分かったわよ。そんなに言うなら仕方ないわ。…じ
ゃあ、譲歩して、二人同じ日に休暇を取らせる。それ以上の干渉は
しない! これでどう?」
「…ローランのいる所にマリルを差し向けたりしないね?」
「あたしに二言は無いわよ!」

 念を押す陛下にそう言って、自信満々で胸を張るエルヴィーラ様
でありますが、陛下は今日何回目か分からないため息を吐きながら、
諦めたように尋ねました。

「…分かった。僕はエルヴィーラの言う事を信じるからね」

 そしてじっと、自分の奥方の方を見ます。
 そして見られたエルヴィーラ様は…。

「……」
「どうしてそこで無言?」

 陛下の力ないツッコミが入りました。
 すると、こうなるともう逆ギレしか手の無い王妃は言うのです。

「…うっさいわねー! あたしは今自分と戦ってんのよ!ソウには
分からないでしょうけど、あたしが自分を曲げるのは、結構大変な
の! でも、ソウに嫌われたくないから、我慢してるんじゃない
の!」

 そう言って、エルヴィーラ様はそっぽを向いてしまうのです。
 言葉だけを聞くと、自分勝手な言い分ですが、エルヴィーラ様の
性格を、彼女以上に知っている陛下は、確かにそれはすごい我慢な
んだろうなと思うのでした。
 そしてつまり、自分はそんなに大事にされているのか、などと再
確認してしまい、ちょっと嬉しくなって来ているのです。

(ああ、バカっプル…)

 そして彼女をそっと抱き寄せながら、こんな暖かな気持ちになる
相手を、是非ローランにも見つけて欲しいと願うだけの陛下なので
した。




 それから一週間が過ぎ、ローランは久々に一日の休暇を取れる事
になりました。

「…本当に俺がいなくて大丈夫なのか?」

 なかなか心配性なローランが、前日の仕事納めの時に、陛下に向
かって尋ねます。

「君の親衛隊の部下と、他の臣下だっているんだから大丈夫だよ。
まさか僕の剣の腕を疑ってるの?」

 外見だけを取ってみれば、陛下は特に大きな体も持っていません
し、エルヴィーラ様の身長にも今少しの所で追いついておりません。
 その上柔和な物腰&人畜無害なその顔は、とても剣の腕が立つよ
うには見えないでしょう。
 ですが実際は、幼少の頃より大人の兵士に混じり、訓練に訓練を
積んだ結果、剣の扱いにおいては達人級の腕前の持ち主なのです。

「まさか! でも、俺がいない時に襲われでもしたら、気分が良く
ないからな」

 そんな軽口を聞きながら、自室に戻ろうとするローランを見て、
陛下はボソッと言いました。

「…とにかく良い休暇になるように祈ってるよ」

 その言葉に、ローランは振り返ります。

「…まさか、また何か企まれてるのか? 俺?」
「…僕は出来る限り、それを阻止する約束は取り付けた。何も裏工
作しないように釘は刺したつもりなんだ。でも、実際エルヴィーラ
の情熱は、運命も味方する気がしてさ…」
「――情熱って…」
「ともかく、マリルって娘も、明日は一日休暇なんだ。会いたくな
いなら、宿舎近くには行かない事だね」

 そう言うと、ローランは少し間を置いて、「……ふーん」と気の
ない返事を返しました。

 ですがその返答で陛下には、この状況をローランがあまり嫌がっ
ていないのが分かりました。
 『では、あながちエルヴィーラの言う事も間違っていないのか
も』と思いつつも、そこはあえて何も言いませんでした。
 ですが、陛下は密かに、先の展開が楽しみになって来ているので
した。

続く