【休日】


「…こんな所か…」

 家事を全て終えたローランは、満足気な表情でそう言いました。
 せっかくの休みをもらったと言うのに、その日、いつもの習慣で
起床してしまったローランは、やる事も思いつかないので、まずは
部屋の掃除を始めました。
 ですが、普段自室にいる時間も少ないのと、幼少時に暗殺者とし
て育てられたため、いつでも身の回りを片付けるように訓練されて
いたので、短時間で完了してしまいました。
 そして次は洗濯。
 しかしそれも普段に着ている物はその日の就寝前に洗ってしまっ
ているため、今日の所はシーツやカバーなどと言った、やや大きな
物の洗濯だけで、それを含め、家事と呼べるものは、正午を回る前
に終ってしまったのです。

 一段落が済んだ所で、ローランはベッドに腰を下ろし、今日一日
どうやって過ごそうかと思案しました。

(いきなり休暇って言われてもなー…)

 忙しい毎日は、それはそれで大変なのですが、急にそれから離さ
れても、やる事が思いつきません。
 ふと、ローランの頭に、『確かにこんな時、恋人がいれば、会い
に行ったりするんだろうな』などという考えが浮かびました。
 ですが、すぐに自分自身のこの考えに驚くローランなのでした。

(ヤバイ…、エルヴィーラ様の思う壺だ…)

 そうは思うものの、続いて昨日の晩、陛下の言った言葉が頭をよ
ぎります。

 ――ともかく、マリルって娘も、明日は一日休暇なんだ。会いた
くないなら、宿舎近くには行かない事だね――

 そんな時、誰かがローランの部屋をノックするのが聞こえました。


 この時刻に休暇の自分を訪ねて来るという事は、何か火急の事態
が起こったのかも知れないと思い、気持ちを引き締めつつドアへと
向かいました。
 ですが、それにしてはノックの位置が低いのが気に掛かります。
 そして開けたドアの向こうにいたのは――

「あ、こ、こんにちは」

 小さな体をぴょこんと曲げ、お辞儀をするマリルの姿があったの
です。



 ローランは頭の中が真っ白になると同時に、『――また姫の画
策?』という警戒心が湧き起こりました。
 なので、次の行動が続かず、その場で固まってしまったのです。

 そんな状態で、何も発しないローランをどう思ったのか、目の前
の少女が萎縮しつつ、手に持った物を差し出して来たのです。
 ローランは上手く頭が回らず、その動作を目で追います。

「あ、あの、これを…」

 その小さな手には、何通もの手紙が握られていたのでした。

(? 手紙? こんなに?)

「…これ、この間、お茶会に出た皆から…。えっと出ていない娘か
らも預かって来た手紙なんです。私、今日休みだって言ったら、皆
がどうしてもローラン様に持って行って欲しいって…。あの、また
ああいう機会を持ちたいですって言ってたって…伝えてって言われ
て来ました…。あの…、ごめんなさい!」

 そう言って、手の中にあった手紙を残らずローランに渡しました。
 するとマリルは、まだ反応出来ずにいるローランを尻目に、再び
ぺこりと頭を下げてその場を去ろうとしました。

 ローランはその姿を見送りながら、手の中にある手紙の送り主の
名前を見ました。
 封の外には漏れなく名前が書いてあったものの、その中に、持っ
て来た当人の名前はありませんでした。
 それが分かった途端、ローランはマリルに呼び掛けていたのでし
た。

「マリル!」

 急に呼び止められ、少女はびっくりした様に振り返りました。
 見れば、既にローランの部屋からかなりの距離まで進んでいます。

「! なっ、何でしょうかっ?」

 そう返事をされて、ローランははっとしました。
 自分がマリルを呼び止めた理由――、それを彼女に問いただして、
どうなるのか分からなかったからです。


 呼び止められたものの、再び黙ってしまったローランの様子に、
困惑し出す少女の様子がありありと分かります。
 どうやらマリルは思った事が、全て外に出てしまう性格のようで、
このまま放置してしまうと、次に会う時は、目線も合わせてくれな
くなりそうな気がしました。

 でも、一体それが何だというのでしょう?
 本当なら、そんな事は構わないはずなのです。
 でも――

「あ、あー、…えーと、その…。手、手紙を持って来てくれたお礼、
――そう、何かお礼をするよ!」

 とっさに口から出ていたのはこんな言葉だったのです。
 ですが、いまだ警戒心を解いていないマリルは――

「い、いえっ、みんなに頼まれたんで! ローラン様にお礼をいた
だくなんて、とんでもないですっ!」

 そう言って、再びダッシュで逃げて行こうとするのです。
 これには、ローランもつられる様に焦り、何とかして彼女を引き
止めなければ済まない気持ちになって来ました。

「ま、待って! そうだ! お昼!昼ご飯をおごるよ!」

 『ご飯』の三文字は魔法の様に、マリルの足をその場に縫いとめ
ました。

(おお! 効果てきめん!)

 しかし、野良猫よろしく、まだ完全にこちらの言葉を信用して良
いものか考えている様です。
 ですが、手ごたえのあったローランは、少し冷静さを取り戻すと、
いつもの洗練された美貌の笑みで、優しく語り掛けるのでした。
 これぞ正に、猫なで声!

「…すごーくおいしい店を知ってるんだ。城下町では一番の、安く
て美味くて気さくな良い店なんだよなー。きっとマリルの国では味
わった事のないものだと思うんだけど…」

 ローランは殊更『おいしい』に力を入れて言いました。
 すると、彼の言葉に、とうとう根負けした様で、マリルは振り返
ってローランを見ました。
 でも、『ご飯』の誘惑に負けたのが恥ずかしいらしく、顔は赤く、
ちょっと涙目になっているのでした。

「…お、おいしいんですか…?」

 こんな調子だと、悪い男に騙されないかと心配になりつつも、き
っぱりと断言してみせるローランでありました。

「そりゃあもう!」

続く