【ランチタイム】


 客であふれかえる店の中を縫う様に、恰幅の良い中年の店員が、
ローランの元に注文を取りにやって来ました。

「おや、親衛隊長様。めずらしいねえ、連れが女性とは!」

 すると、彼の隣に座った、他の客が口に運ぶ料理に夢中になって
いる少女を物珍しそうに見ながら、含みのある笑顔でそう言うので
す。

「おしゃべりをしてる暇なんか無いだろ、コルジァ。また注文取り
が遅いって、オヤジさんに怒鳴られるよ」

 ローランの言葉に、『コルジァ』と呼ばれた店員は肩をすくめ、
注文を聞いてきました。

「マリル、何が食べたい?」

 そう聞かれ、やっとローランの方を見た少女は、店内に貼り付け
てあるメニューを見ましたが、書いてあるものだけでは、どんな料
理か分かりかねるようでした。

「…じゃあ、おいしそうなのを適当に作って持ってきてもらおう
か?」

 そのローランの言葉に、うれしそうにコクコクと頷くと、隣の人
のテーブルの上の料理が美味しそうだと目で訴えて来ました。

「分かった、それも頼もう」

 もはや満面の笑みのマリルを見ると、つられてローランも笑って
しまいます。
 そんな様子を見ていた店員は、さらにニヤニヤ笑いを浮かべまし
たが、何も言わずに注文だけ聞いて戻って行くのでした。

 城を出る時はまだ緊張していたマリルでしたが、城下の店などを
ローランが説明しながら一緒に歩くうち、随分とリラックス出来た
ようです。
 ですからこの店に着く頃には、ローランとの会話も非常にスムー
ズになって来ていました。
 それどころか、どうやら元来はおしゃべり好きの様で、ローラン
が一つ質問をすると、それに対して身振りや手振りを加えて倍以上
の話を返して来るのでした。

「じゃあ、マリルはエルヴィーラ様と一緒にこの国に来たんじゃな
いんだ?」
「あ、はい。先々月に姫様にお仕えしていたおねーちゃ…、じゃな
くて、すぐ上の姉が結婚する事になって、ジラルディーノに戻った
んです。だから、その代わりに今度は私が姫様にお仕えさせて頂く
事になりました。侍女のお仕事って、なかなか付きたくても付ける
仕事じゃありませんから。しかも姫様の侍女ですよ! 姉も親類の
つてで運良くお仕事を頂けたものですから、今度は私が是非姉の代
わりにってお願いしたんです」

 目の前に運ばれて来た、ご馳走に手を伸ばしながらそう教えてく
れます。
 ローランも目の前置かれた皿の中身を、マリルに取ってやりなが
ら、聞き返します。

「そうかー。でも、侍女の仕事って、君みたいに小さいうちからに
付くものなんだね」

 感心したように言うと、マリルが少々困った顔付きになりました。

「…あの、ローラン様」
「様なんて付けなくて良いけど、何?」

 そう聞くと、思い切った様に言いました。

「あの…、私の歳、おいくつだと思っているんでしょう?」

 不意の質問にローランは答えを窮しました。

「…女性の歳を当てるのは苦手なんだけど…。それに失礼だし…」
「いえ、私は構いません。けど…、私の事、もしかしてすごく年下
だと思ってませんか?」
「……」

 そこで、改めてマリルの事をじっくりと見てみました。
 自分の胸より低い身長、小さい手足。凹凸の少ない体付きと、そ
して少女そのものの顔立ち。
 どう見ても…

「十二くらいにしか見えないんだけど…」

 するとマリルは、何かで頭を叩かれたように、がっくりとうなだ
れました。
 そして、顔を真っ赤にしつつ、ふるふると体を震わせて言うので
す。

「わ…、私っ! 姫様と二つしか違わないです! 今年十六です!
 まだ十五だけど! 十六歳になるんです!」

 その告白に今度はローランが頭を殴られたような気持ちでした。


「えー! 俺といくつも違わない? それはいくらなんでも…」
「本当です! 何ですかっ十二って! 子供ですか! そんな訳無
いじゃないですか! 侍女になるのは十三歳を超えた女性がなるん
ですよ! そんな事は誰でも知っている事じゃないですか!」
「え、あ、そ、そうか…」

 確かに女性の就職は成人後でなくては出来ないのが普通です。
 しかし、ローランにはその事すら忘れ去る位の年齢にしか見えて
いなかったという事なのですが…。

「ひどいです! 気にしてるのに! いくら身長が低いって言って
も、そんな歳に見られた事ないですよ!」

 そう言うとマリルは、怒りのためか、先程までとは比べ物になら
ない位の速さで、目の前の料理を口の中に放り込んでは平らげて行
くのです。
 それが何だかおかしくて、ついつい構ってしまうローランでした。

「だって、この間のお茶会の時も、お菓子にばっかり目が行ってる
から、まだ色気より食い気なのかなーって思ったんだよ。まあ、今
もだけど」
「そっ、それは、い、いっぱい食べたら大きくなるかもしれないじ
ゃないですか!まだまだ成長しますよ、女だって!」
「…うーん…、そうかな? そうだな、そうかもな…」

 目の前で頬を膨らませている少女を可愛いと思いながら、ローラ
ンはいつの間にかマリルに普通に話している自分に気が付きました。
 それは他の臣下達にも、侍女達にも話さない、陛下と二人だけの
時のような気の置けない会話です。

 それに気が付くと、ローランはマリルの顔をじっと見つめてしま
いました。
 するとマリルも視線を感じ、彼に視線を合わせてきました。

 何の物怖じも無い視線。
 その視線を先に逸らしたのはローランの方でした。

「…もう、結構無くなったね。もっと食べる?」

 手に持っていたスプーンと皿を見比べながら、マリルはちょっと
考え込んでいるようでした。
 でも――

「…えと…、あの、デザートも頼んで…良いですか?」

 そうもじもじと恥ずかしそうに言うのを聞くと、再びローランの
相好は崩されてしまうのでした。

「…ふ、良いよ。じゃあ、ここの取って置きのデザートを頼も
う!」

続く