【大団円2】


「…と、言う訳でお話をお聞かせ願えますか?」

 そう言ってローランが毒を含んだ瞳で迫ると、悪びれる様子も無
く、彼の目の前から返答が返って来ました。

「えへ。分かっちゃった?」

 そう答えたのは、なんと国王陛下でした。

「おかしーわね…。何でバレちゃったのかしら? あたしの演技は
完璧だったと思うんだけど…。結構大変だったのよ、ホラ、あたし
って隠し事が出来ないじゃない?」

 そして、陛下よりもさらに厚顔にそう言い放ったのは、エルヴ
ィーラ様でした。

 ここはお二人の自室で、ローラン達はエルヴィーラ様に会いに来
たのですが、彼は陛下の同席も願ったのです。
 その理由は、昨夜マリルと話している最中、ようやく気付いた事
柄を、確認するためでありました。

 気付いた事柄とは、『マリルの婚約が早まったという話』が、事
実無根の作り話なのではないかという事です。
 そう考えると、何故こんなに性急にマリルの婚約話が進んだのか、
また、それがローランに伝わった迅速さ、そして、とどめはあの日
の陛下の自分を心配する態度の、全てが一直線に繋がるように思え
たのです。

 これらは全ては心理作戦で、二人の仲がうまく進まないと見て取
った陛下が、エルヴィーラ様の後ろで指示を出していたとすれば、
納得が出来ます。

 ここで気付くのが遅れた理由として、いくら陛下の巧みな策略だ
としても、普段のローランならば、もう少し早くに気が付いていた
かもしれません。
 ですが、事が彼自身の尤も苦手とする恋愛問題で、心の傷である
過去にも触れる重大事だったため、ローラン的にはとても気をまわ
せる状態ではありませんでした。

 そして、陛下自身もこういった事柄に口を挟むような性格では無
かったため、正に盲点を突かれた思いで、それに対してローランは、
非常に憤懣やるかたない思いなのです。

「えへ! じゃねえー! ソウ! お前なぁーーー! 俺はお前が
こんな事しやがるなんて、これっぽっちも思ってなかったんだ
ぞー!」

 そう言うが早いか、ローランは目の前の陛下のこめかみに自分の
両手をあてがうと、ギリギリとめり込ませて行くではありませんか。

「いたい、いたい! ゴ、ゴメン! でも、ホラ、僕、ローランの
父親役だし! こうすれば、ローランだって一歩踏み出せるんじゃ
って――、たたたたたっ!」
「問答無用だ! 騙したのは騙したんだからな! 大体歳から言え
ば、俺のが兄貴なんだっつーの!」

 話を聞いていた時は、確かに陛下を呼び捨てにしていたのは分か
っていたものの、実際に目の前で、少年とは言え、一国の元首に手
を上げるローランを見たマリルは、どうして良いのか分からずに、
ただオロオロとするばかりでした。

 ところが、自分の夫がやり込められているのを見ても、エルヴ
ィーラ様と言えば、『またじゃれあってる』とばかりに、涼しい顔
で口を挟むのだから大したものです。

「ちょっとローラン、その位にしときなさいよ。大体そのお陰で上
手く行ったんじゃないの? その報告に来たんでしょー?」

 そののほほんとした物言いが気に触ったのか、ローランの怒りは
エルヴィーラ様にも向けられました。

「何他人事みたいな顔してるんですか! 俺はエルヴィーラ様にも
怒ってるんですよ!」

 その手はまだ陛下のこめかみに置いた状態のまま、ローランはエ
ルヴィーラ様を睨みます。
 ですがそんな視線などは、正面から受け止め、更に受け流し、そ
の上でローランの手から陛下を自分の横に引き剥がしながら言い放
ちます。

「何よ! 終わり良ければ全て良しじゃないの! そのそも、初め
からあたしの言った通りだったんだし!」
「そ、そんなの結果論でしょう! 俺メチャメチャ悩んだんです
よ! もしかしたら、すっごい人間不信になったかもしんないの
に!」
「悩むなんて誰だって悩むわよ! 分かってないようだから教えて
あげるわ! いい事ローラン、恋愛ってのは戦いなのよ! 悩んで
も最後に勝てば良いの! 人間不信? バカ言いなさいよ! あた
し達はローランがカワイイからこんな手の込んだ事してるんじゃな
い! 決して陰から悩む姿を見て、ほくそえんでた訳じゃないんだ
から!」
「ウソだー!ゼッタイ笑ってたんだぁー!」

 ローランとエルヴィーラ様のやり取りも、とても臣下と王妃とい
う雰囲気では無く、本当に母親と息子のような親しさに満ち溢れて
いて、呆然と見ていたマリルは、いつしか口元に笑みが湧いて来る
のを感じました。
 それは陛下も同じようで、マリルに優しい目線を移すと、彼は声
を潜めて話しか掛けるのでした。

「…エルヴィーラとローランはいつの間にこんなに仲良くなったの
かな?」

 陛下に話し掛けられるなんて恐れ多いと思いつつも、この方には
そんな警戒心も無くしてしまう人懐っこさを感じ、マリルもおずお
ずと答えます。

「…本当に、私もびっくりしてるんです。 …でもローランさん、
陛下の事は本当に本当に、大好きだって言っていましたから、その
陛下のお妃様になった姫様の事も、きっと…大好きなんだと思いま
す」
「え…」

 それを聞いた陛下は、頬を朱に染めます。
 そんな様子を見て、マリルは嬉しくなって呟くのでした。

「陛下もローランさんの事、大好きなんですね」

 その言葉を耳にすると、陛下は更に赤く頬を染めながらも、やは
り嬉しそうに目を細めます。

「…そう、僕『も』ね。マリル『も』でしょ?」

 その言葉に今度顔を赤くするのはマリルでした。
 二人のそんな和やかな雰囲気にやっと気付いたように、エルヴ
ィーラ様が話をこちらに向けてきます。

「ほら、ごらんなさいよ、うちのソウとマリルも仲良く話せるよう
になってるじゃない。やっぱりオールオッケーじゃないの! 素直
に感謝しちゃいなさい! あたし達の計画が無かったら、ぜーった
いマリルとの仲は進展しなかったって! 少なくともあと二、三年
はそのままだったわ! 後からあの時こうしとけば良かったなんて
遅いんだから!」
「ぐっ…! それは…、そうかもしれませんけど…」

 そもそも恋愛に関しては、奥手なローランが、恋愛格闘論者のエ
ルヴィーラ様の口に敵うはずがありません。
 一言えば、十返されるだけでなく、そう言われてしまうと、陛下
との間に一回そういった経験があるのですから、ローランは言葉を
詰まらせます。

 そういった弱味を察知するのに非常に長けているエルヴィーラ様
は、ここぞとばかりにたしなめるように言いました。

「良い事、ローラン! あなたたち男には分からないかもしれませ
んけどね、花の命は短いの! いいえ、あたし達がそう言うんじゃ
ないのよ、周りがほっとかないのよ! それは、やり手な母親や母
親や母親が! ムリヤリ結婚を進ませるものなのよ!」

 話がおかしな方向にずれたのを耳にして、今まで観戦に徹してい
た陛下が慌てて口を挟みます。

「…ちょっとエルヴィーラ、ムリヤリって僕達の事言ってんじゃあ
…」
「うるさいわね、ちょっとソウは黙ってなさい! とにかく、そん
なに待たせたら、きっとマリルはもう婚約者と結婚してたわ!」

 そんな無責任発言に、陛下が更にエルヴィーラ様に諫言を言おう
としたその時です。

「しししししません、私! こここ、婚約だって解消してもらうつ
もりだし、そんな、だって、だって、私が好きなのはローランさん
だし、待たされたくらいで、他の人となんて結婚したりしませ
ん!」

 自分の主人の言葉を完全否定する、マリルの鶴の一声が響き渡っ
たのでした。









「…言ってたわね、そんな事を」
「…言ってたねえ、懐かしいなあ…」


 そんな過去を思い起こすように話し合うのは、エルヴィーラ様と
国王陛下でした。

「…またその話ですか、いい加減聞き飽きましたよ!」

 そうローランは反論しますが、二人は全く聞く耳を持たない態度
を顕にして話し続けます。

「…それなのにねえ、もう二児のパパなんですものねー」

 そう言いながらエルヴィーラ様は、彼女の手の中で嬉しそうに笑
う、生まれたての女の子に頬をすり寄せます。
 ローラン譲りの金の髪をうっすらと頭に張り付かせたその姿は、
正に天使そのものといった感じです。

「この娘の名前、やっぱりあたしから取っただけあって、バッチリ
よね! この可愛さ! まさにエルダって感じよ!」
「どういう事ですか? 俺はエルヴィーラ様みたく、押しの強い女
の子になったらどうしようって、今から心配ですよ…」

 それを聞いた陛下が、自分もエルダの兄である、長男のセウを抱
かせてもらいながら口を挟みます。
 こちらは既にやんちゃ盛りが始まっていて、陛下に抱かれながら
も、手足を元気に動かし、彼に遊んでくれるように要求しているよ
うです。

「確かに名は体を現すっていうらしいしね…。でも、エルヴィーラ
と同じなら、元気なのは間違いないよ、ねえ、セウ」
「元気だけですってー!」

 こんなやり取りが、あれからずっと続いていました。
 あの後、ローランとマリルは、エルヴィーラ様の強い要望もあり、
すぐにジラルディーノの彼女の実家へと向かう事になりました。
 と、言いますか、エルヴィーラ様も陛下を伴って、里帰りの大義
名分の下に、ローラン達にちゃっかりと同行してしまったのです。

 まるで父兄参観な様相を呈した、マリル宅訪問でしたが、彼女の
両親は、驚きながらも皆を大歓迎してくれるのでした。
 それも当然と言っては、当然の話です。
 自国の国王陛下の姫君の訪問と、その旦那様である、ジャーデ国
の陛下の訪問なのですから、歓迎しないはずがないのです。

 逆に、謝らねばならない立場のローランとしては、こんな風に乗
り込んでしまった事を、心苦しく思いつつも、こんな家庭の場は初
めてな事もあり、彼は戸惑いを隠せませんでした。
 ですが、マリルの両親は、ローランが婚約解消の原因である事を
知っても、『マリルにこんな別嬪な婿さんが来てくれるとはね
え!』などと言い合って、喜ぶばかり。
 そして、彼の肩書きを聞けば、『そんな偉い人の嫁に、マリルが
勤まるかねえ』と言ってまた笑うのでした。

 ローランはそれを見て、マリルの性格の大らかさの根源が分かっ
たような気がしました。

 でも、その話しっぷりからすると、すっかり二人は結婚する事に
なっていて、さすがにそれは気が早いなどと思っていたのですが、
帰国時には、『行ったり来たりも大変だから、この国での婚姻をあ
げてしまえば良い』と内々の結婚式も挙げられてしまいました。

 すっかり流されっぱなしな二人でしたが、帰国した後、今更付き
合う事からという訳にも行かないので、ジャーデでも式を挙げ、夫
婦として一緒に暮らす事になりました。
 そして、一年経たないうちにセウが誕生し、そしてまたエルダを
授かったと言う訳なのです。


 陛下は、バルコニーで子供達と戯れるエルヴィーラ様とマリルと
見ながらぼんやりとしていました。

「…焦ってる?」

 そう言って話しかけて来たのは、ローランでした。
 彼は美丈夫な青年のままではありましたが、精悍さが増し、二児
の父親の貫禄も出て来たようです。
 そんなローランを見て、陛下は自分の顔をさすりながら、『顔に
出てたかな?』と言うような表情を浮かべました。
 それを見て、ローランは優しく笑いながら言います。

「出てねーよ。今のはカマ掛けだし」

 それを聞いて安心したのか、陛下はゆったりと腰を沈めて話しま
す。
 陛下ももう、少年から青年へと変わりつつあり、国王として磨き
が掛かるのもこれからと言った雰囲気です。

「…まあね、何とか父上や母上に孫の顔を見せてあげたいって思う
し。…でも、これは神のみぞ知るってやつだから、焦っても仕方な
いって思ってるよ」
「何だ。結構余裕あるじゃん」
「んー、まあ、うちはホラ、エルヴィーラが元気だからさ。何か、
何とかなるって気がするんだよねー」
「何だ、のろけかよ」

 そんな二人の話にエルヴィーラ様が割って入って来ました。

「ソウ! あたし達は、最初双子を作るわよ!」
「は?」

 突然の物言いに、陛下とローランは目を見合わせてしまいました。
 すると、反応の悪い夫達に、噛んで含めるように言います。

「だからー、競争よ! あたし達は出遅れたから、まず初めは双子
を産んで挽回よ! それでお義父様とお義母様の名前を頂くから、
次も男女で産んで、うちのお父様とお母様の名前をつけるでしょ?
 だから、ローランとマリルからもらった名前は、その次に生まれ
た男女につけましょう」

 そう言って、ニコニコと笑うエルヴィーラ様を見ていると、陛下
もローランも笑い出してしまうのでした。

「…そうだね、そうしようか」

 陛下はそう言いながら、エルヴィーラ様を伴って、ローラン夫婦
の部屋を後にしました。
 その後ろ姿を見送っていたマリルが、エルダを抱きながらローラ
ンに尋ねます。

「…さっきは何を笑っていたの? ローラン」

 そして、眠ったセウを優しく抱き上げながら、ローランは奥方に
キスをします。

「…俺たちも、あと四人以上は子供を作んなきゃって話だよ」


おしまい