◆◇ 異国へのお輿入れ ◇◆

ついに輿入れが決定すると、善は急げ(というかエルヴィーラ様の気が変わらないうち
に)と臣下や国民への報告もそこそこに、彼女は異国へと旅立ちました。
彼女を案じた国王陛下は、供に侍女を五名、警護の者を二十名付けましたが、輿入れ先
の警護の数はそのはるか倍を超す百名であったため、まさに大名行列の様相を呈しており
ました。
気乗りのしない婚姻ではありますが、相手国は豊かな国で、彼女を大切に思ってくれて
いる事は確かなようです。その点に付いては『及第点』と、何と比較しているかは分かり
ませんが、とにかく大変満足したのでした。
また、エルヴィーラ様を乗せた輿の動物も、彼女の国にいる馬と違い、背中にこぶのあ
る動物で、それだけでも好奇心をくすぐられます。それもそのはず、彼女はジラルディー
ノから出た事がほとんどなく、また今回のような長旅は初めてだったので、自国を後にし
てからしばらくは、嫁ぎ先へ向かうという事も忘れ、純粋にこの旅を楽しんだのでした。
ですが、輿入れ先の王国は、彼女の国から東に二十と五日ほどかかります。しかもその
国が近づくにつれ、あたりの景色はほとんど変化がなくなって来たのです。
昼は太陽が容赦なく照り付けますし、夜は急激に温度が下がります。この頃になると、
彼女は婚姻を承諾させられた事を、再び口惜しく思い始めてしまいました。
こんな辺境国に来るならば、幽閉されても自国にいると頑張った方が良かったとか、ま
さか王妃も本当に幽閉する気はなかっただろうとか、今までに求婚して来た中にも、自分
にふさわしいハンサムがいなかったかとか、変わらない景色はどんどんネガティブな考え
を生み出します。
とうとう輿入れ先の国に着く前日、彼女は一大決心をしたのです。それは、もし輿入れ
先の王子を気に入らなかった場合、何が何でも王子に嫌われ、自国に送り返してもらうと
いう決心です。
どうせするなら、王子を気に入るように努力したら良いと思うのですが、そう考えない
のが、彼女の彼女らしい所でしょう。気の強さも母親譲りの筋金入り。こうして腹をくく
ったエルヴィーラ様は、ようやく王子の待つジャーデへ第一歩を踏み出したのです。

そのジャーデ国で、彼女の目の前に広がる光景は、想像した以上に慣れ親しんだ自国と
異なるものでした。
ジラルディーノという国は、山や森に囲まれた、緑も水源も豊かな土地でした。それに
比べこの国は、外気は乾燥し、地面は砂で覆われ、緑は非常にまばらなのです。辺りにひ
しめく建物も、彼女の国では四角く重厚、石材建築が主なのに、どんな素材か見当のつか
ない、丸く、尖って、煌びやかな装飾が天を突いていたりします。ですが、周辺の民家は、
これまた違う様式で、布で覆われたり、滑らかな塀で囲われていたり。一事が万事そんな
感じで、もちろん民の服装も珍しく、見るもの全てが刺激的です。
こうなると、昨日の決意もどこへやら、がぜん王子に会うのが楽しみになって来てしま
いました。
素敵な王子だったら、もうけものだし、もし王子が気に入らなくても、少しはこの国を
満喫するために様子を見ても良いかもと、リゾート気分丸出しな企みまで湧いて来ます。
そこでエルヴィーラ様は、遅ればせながら王子のリサーチをしてみる気になりました。
何故なら、王子に関しては、名前や年齢それすらも、全く教えてもらっていないのです。

「ねえ、王子様はどんな方?」
そう言って、近くにいたジャーデの警護の者に尋ねましたが、
「私の口からは申し上げられない決まりなのです、美しい姫君。もうすぐ御自分の眼で確
かめていただけますよ」
と、やんわり断られてしまいました。
その後、他にも何人かに聞いてみましたが、みな揃って同じ事を繰り返すだけ。
送り出した両親も、その事については聞いても答えてくれませんでした。ただ母は一言、
『それがしきたりらしいのです』と言っていましたが、確かに警護の者の態度からも、そ
ういった雰囲気が読み取れます。
エルヴィーラ様は再び、婚姻という言葉が重くのしかかってくるのを感じましたが、も
う後戻りは出来ないのです。

王宮前の庭園へ到着すると、大勢の臣下がずらりと並び、盛大に彼女を迎え入れます。
彼らは手に花を持ち、彼女の歩みを祝福するよう、踏み出すたびにそれを振り撒くので
す。花びらのシャワーを浴びながら、大きく美しい王宮の扉をくぐってみると、そこにも
溢れるばかりの者達が、彼女に礼を取って侍っています。その者達が道しるべとなって、
辿って行くと謁見の間へと到着するのでした。
大きく豪奢な扉が開かれ、目の前には極彩色の絨毯が真っ直ぐに伸びています。そして
その先には玉座があり、この国の陛下と王妃のお姿があったのです。
お二人の姿を目にすると、彼女はにわかに体が強張るのを感じました。ですが、それは
一瞬の事。美しい者は、そういう場であればなお更、より優美に、そして洗練された振る
舞いが出来るように訓練されているのです。
扉が閉められ、辺りに静寂が戻ります。あんなに大勢いた臣下は、全て外で待機してい
るようで、この部屋にはまばらな数の者しかいません。
エルヴィーラ様は息を吸うと、響くように凛とした声を発しました。

「お初にお目にかかります。ジラルディーノ王国の第一王女、エルヴィーラでございます。
国王陛下、王妃様におきましては、ご機嫌麗しく…」
ですが、頭を垂れ、そう口上を申し上げたところで、陛下からの声が掛かったのです。
「そんなに畏まる必要はない、美しい姫よ。わしはこの国の王、パスと申す。今日からわ
しもそなたの父、そして王妃はそなたの母じゃ」
続いて王妃が声を掛けて来ました。
「初めまして、エルヴィーラ姫。私は王妃のルアと申します。遠路はるばるさぞ疲れたこ
とでしょう。王子に目通った後は、十分に休養をお取りなさい」
エルヴィーラ様の両親に比べると、かなり高齢な王と王妃でしたが、その顔から漂う温
和な雰囲気は、先ほどの緊張を解きほぐすには十分でした。王妃が手を上げて合図をする
と、厚手の美しい刺繍を施したカーテンが上がります。それに合せて楽奏隊が手に持った
楽器を奏で出し、そしてそこに現れたのは…。

続く