◆◇ 仮面の王子 ◇◆

颯爽と王妃の元に歩いて来るのは、エルヴィーラ様が今まで見た事もないほどのりりし
い美青年でした。
その髪は、王や王妃と異なって、彼女と同じ金糸のような輝きを持った豊かなもので、
緩いウェーブが特徴です。背の高さはエルヴィーラ様の頭二つ分も上にあり、瞳の色は吸
い込まれそうな深い青。
縁取る長いまつげの落とす影が、顔にそこはかとない憂いを落とし、彼女の心をまさに
わし掴みにするのです。更に更に、高い鼻梁、引き締まった口元と、どこを取っても、文
句の付けようのない美しい男性ではありませんか!
(ラァアッキィィー!)
彼女は心の中で快哉を挙げました。
王子(仮)は、腰に剣を帯び、優雅な立ち振る舞いの中にも、適度な緊張感を持って歩
を進めます。それは一流の剣士が持つ、勇ましいオーラのように感じられるのです。…と
いうか、彼女には、既にそういう風に脚色されて映るのです。
目で追っていると、王子(仮)はエルヴィーラ様の正面で立ち止まり、恭しく礼をしま
した。そして言葉を紡ぎ出したのです。

「初めてお目にかかります。エルヴィーラ姫。私の名前はローランと申します」
何て心地良く響く声! 彼女がうっとりと聞き惚れていると、ローランは更に言葉を続
けます。
「私は王子の身辺警護を一任されております」
エルヴィーラ様には、ローランが言った最後の方の言葉が頭に入りません。
(ええー? 王子はローランでしょう? オウジノシンペンケイゴ? 王子の身辺警護…。
王子の身辺警護ぉ????)
「こちらがジャーデ国第一王子、ソウ様です」
そう言って、彼が優雅に右手を示す方へと目をやれば、ローランしか追っていなかった
ため、全く見落としていた人物がそこにはいたのです。それは、両の手を侍女に引かれて
いる者で、そして、ローランの『こちら』は確かにその者を差しているようなのです。
(王子? 王子って…。結婚相手の? でも、ええー? なんで?? 何でこれが王子? 
だって、だってこの子…。)
エルヴィーラ様が顔中に『?』マークを飛び散らせているのも無理ありません。王子と
紹介されたその人物は、彼女よりも頭一つ分ほど背が低く、それよりも何よりも、顔には
お世辞にも芸術的とは言いかねる、不気味な仮面を被っていたからです。
(こ、これ…、が、結婚相手? 私の夫になる人? 仮面のお化けが…、結婚相手ーーー
ー!)
さっきぬか喜んでしまった分だけ、彼女は目の前が真っ暗になるのを感じました。ドレ
スの中でなんとか足を踏ん張りつつ、そして、誰にも聞こえないような声で一言、『あり
えない…』と呟くのでした。

続く