◆◇ 昔話 ◇◆

閉じられる扉の音。今彼女の部屋にいるのは、王子とエルヴィーラ様だけです。
「…これでよろしいんですね?」
彼女は幾分不満声で言いました。何故なら、いよいよ仮面の話を聞けると思った矢先、
彼女に王子は人払いをするように言ったのです。
「はい」
王子の声は無邪気に弾んでいるような気がします。仮面の事は、ジャーデ国のトップシ
ークレット。なので、エルヴィーラ様だけに話すと言われてしまえば拒めるはずがありま
せん。
「では」
一つ咳払いをして、王子が話し始めます。
いよいよと思い、彼女は無意識に王子の方に体を乗り出しました。すると――
「…むかしむかし、今から数十代前の国王の時代に…」
「…はぁ?」
彼女は思わず声を出してしまいました。
「何でしょう?」
「何でしょうじゃなくっ…いえ、ではなく、その昔話が仮面と関係あるのですか??」
「そうですよ。ちょっと長い話になりますが、何でこんなしきたりがあるのかが分かると
思います」
(なっ、長い話ぃ〜〜? なんであたしが昔話なんてちんたら聞いてなきゃなんないのよ
う〜〜!)
「そっ、それはそうですけれど。その…、要約とかは出来ませんの? だって、王子の大
切なお時間を割いていただいてるんですもの。申し訳がありませんわ! (やっぱり頭が
良いわね! あたし! 大義名分炸裂じゃない! どう?)」
「そんな事はお気になさらないで下さい。私も是非あなたに聞いていただきたいですか
ら」
そんな一撃を意に介さず、全く悪びれない王子に、エルヴィーラ様はどうする事も出来
ません。
「(くぅ〜〜このぉ〜〜〜)まあ! では聞かせてくださいまし!」
「分かりました。では」
エルヴィーラ様の了解(?)を得て、再び王子は話し始めました。
「…実はこの仮面は、今から数十代前の国王の時代に作られた仮面らしいのです。
その頃のこの国は、とても貧しい国だったそうです。
周りの国から援助を受けて、やっと維持出来るような状態でした。何とか事態を改善出
来ないかと、その時の王は色々な文献を読んだり、技術者を国に招き、ついにその国にし
かない資源を発掘しました。その資源のお陰で国は急速に豊かになって行きましたが、そ
れによって新たな問題が浮上して来たのです。
一つは王族内の諍いでした。
富める国となったこの国では、次の王に誰がなるかでの、継承権争いが起こったのです。
それというのも、時の国王と王妃の間には、未だ子宝に恵まれていなかったからなのです。
王は継承権を、何が何でも自分の子供に譲りたいと思っていた訳ではありませんでした
が、自国が貧しかった時には努力をせず、豊かになったら国を支配したいと思っている、
自分の兄弟を信用出来ません。
そんな時、二人の間にとうとう念願の子供、しかも王子を授かったのです。
ところが、二つ目の問題はこの王子にありました。二人の間に生まれた待望の王子――
彼は上半身は獣、下半身は人間という姿だったからです」
それを聞いたエルヴィーラ様は、はっと王子の仮面を見ました。
そして続いて王子の服装を確認します。ジャーデ国の民族衣装をまとった王子は、煌び
やかな刺繍と宝石をちりばめた、大きく、また丈の長い上着をまとっているため、彼の体
のシルエットはほとんど覆い隠されてしまっています。上着からは王子の手がかろうじて
覗いているものの、その手にも手袋がはめられて、彼の肌が露出している箇所はありませ
ん。上着から覗く内側の衣装が、美しい刺繍のあるぴったりとした上下らしいのは確認出
来ますが、果たしてその中身が本当に人間の少年なのかは、彼女には確認のしようがない
のです。
まさかとは思いつつも、彼の話に魅入られたように、王子の仮面の下にある、獣の顔を
想像してしまいます。ですが、彼女はそれをすぐに打ち消しました。
(バカバカしい。あたしと王子は以前会っているんだもの。そんな容姿を持っていたら、
いくら眼中にない年齢でも覚えているはずじゃない!)
そんな視線に気が付かないのか、王子は更に続けます。
「王子の体の秘密は、他の王族の者に絶対に言えなくなりました。それを言えば、王位継
承から外すよう詰め寄られるに決まっているからです。
しかし例え獣の姿をしていても、王と王妃にとってはかけがえのない息子です。二人は
どうすれば王子を育てられるかを真剣に考えました。そして二人は一計を案じたのです。
王子は生まれつき顔に大きな腫れ物があり、その治療のため、仮面を被らせ育てると!
今でもこの国には、呪術での治療が残っていますから、この時代にそういった事をする
のは珍しくなかったために考え出された案でした。
こうして、王子はその姿を隠すための仮面を与えられ、王と王妃は、この不憫な王子に
ありったけの愛情を注ぎました。王と王妃の胸の内を知ってか知らずか、受けた愛情を映
すかのように、王子はすくすく育って行きます。
ですがやはり物心がつく頃には、王子は自分の容姿が他の人間と違う事が分かるように
なりました。そして更に長じると、自分の醜い姿を恥じるようになっていたのです。
しかしそんな事を王や王妃に悟られれば、二人は悲しみ、また自分達を責めると考えま
した。ですからこの事は己の胸にしまい、一層王子としてふさわしくなろうと努力する事
にしたのです。
そしていつしか王子もそろそろ成人を迎える歳となり、そしてある時、美しい姫に恋を
してしまいました」
王子はそこで一息付きました。そして彼女の方へ顔をあげ、語り口調ではない言葉で続
けます。
「…王子の国は裕福な国ですから、その姫を妃に迎える事はたやすい事で、王は王子の気
持ちを知り、その姫を国に迎えるんです。…今の私達の状況とちょっと似ているでしょ
う?」
王子の突然の問いかけに、エルヴィーラ様は何と言ってい良いのか分からず、黙ってい
るしか出来ませんでした。
王子はそんな彼女を気にせずに続けます。
「…姫を国に招いて以来、王子は姫に対しても、良き王子を演じました。
王子としては、自分の外見の負い目があるため、姫には特に王子らしい振る舞いをし、
自分を気に入って欲しかったからです。美しい姫は、その容姿と同じく心も美しく、彼の
顔にある仮面の理由も、偽りの説明のままに受け入れました。
仮面の事など気にもせず、姫は未来の夫を理解しようと勤め、二人は親交を深めて行き
ます。
ですが、姫は気が付いてしまうのです。王子を理解すればするほど、彼の心に秘密で固
めた壁がある事を――
思い悩んだ末、ついに姫は王子に言います。
『あなたの心に隠している、すべての事を私にお話し下さい。…でなければ、私はこの国
を去ります』
姫が自分の元を去るなど、彼女を愛する王子には耐え難い事です。でも、真実を話した
後の彼女の反応が恐ろしく、彼にはなかなか決心がつきません。それならばいっそ話さず
に、国に戻した方が良いとさえ思えて来るのです。
ですが、王子はやはり話す方を選びました――」
そこで王子は再び言葉を切りました。
「…何故だと思いますか?」
「…え?」
「何故王子は、姫に真実を話す事にしたんだと思いますか?」
「何で…?」

続く