◆◇ 微熱王子 ◇◆

「お呼び立てしてすみませんでした」
王子は開口一番にそう言いました。
ローランとの会話の後、王子の自室に着いたのは、彼女が自分の部屋を出てから半時も
過ぎた頃でした。あんな回り道をしたのは、人目を避け、彼女と話したかったためと思っ
て間違いないでしょう。
自分もそれどころではなかったとか言え、以前ローランが彼女に言った、『自分=王
子』とも取れる言葉の真意は、結局聞き出す事もないまま、王子の部屋に連れて来られた
のでした。
「…そんな事は別に良いわよ。それより…、大丈夫なの?」
豪奢な天蓋付きの、大人二人が寝ても余裕がありそうなベッドの中央で、ちょこんと座
っている頼りなげな王子を見ていると、そう尋ねずにはいられません。
しかし当の本人は全く分かっていないようで、こんな事を言うのです。
「ええ、大分落ち着きました。姫にはご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。でも、
僕は見かけに寄らず結構頑丈なんですよ」
いつも着ている上着を脱ぎ、寝巻きをはおっただけの華奢な少年の姿は、とてもそんな
風には見えません。
「…ぜんっぜん、説得力ないわよ、その格好じゃあ」
「……そうでしょうか?」
そう言うと王子は、自分の寝巻きをつまみ、覗き込むような格好をしました。
「そうよ」
この王子が自分を抱き上げ、あんな距離を移動出来る力があるなんて、今の姿からは信
じられない事です。
「実はまだちょっと熱があるんですが、そんなに辛くはないんです。それより姫と話した
かったから…」
そう言われると、何故か目に熱いものがこみ上げて来そうになります。それにしてもや
はりと言うか、こんな時でも『しきたり』を守っている所が王子らしいところでしょうか。
「…あたしと話すなんていつでも出来るじゃない。大体その仮面、熱があるんじゃ熱いん
じゃないの?」
そう言って彼女が仮面を指差すと、王子もそれを真似るように、仮面を指差しました。
「…ええまあ、ちょっとね。でも結構この仮面にも慣れて来ましたよ」
「…あたしはその仮面がない王子は想像出来ないわよ」
「…でしょうね」
「……そうよ」
そこで言葉が途切れてしまいました。彼女は王弟殿下の事が頭をよぎったのです。
ここには確かに王子の容態が気になって来たのですが、王子に会っていると、やはりあ
の時の態度が気になってしまいます。ですが、今の状態の王子に聞いて良いものかどうか
が悩みどころです。
「…ごめんなさい」
彼女が悩んでいると、王子がそう言って頭を下げました。
「え…?」
急に言われたエルヴィーラ様は、何の事か分からず聞き返しました。すると王子はゆる
ゆると頭を上げ、彼女の方を向きました。
「…今日はいろいろ…、本当にすみませんでした。確かに僕、体調が良くなかったんです
が、それは僕の責任なのに…。その…、気に触るような言い方で、姫には不愉快な思いを
させちゃいましたよね…」
確かにそれはそうなのですが、病床の王子にこう素直に謝られてしまうと、彼女は何も
言う事が出来なくなってしまいます。
「…ん、ん〜…。ま、まあ、ちょっとは腹は立ったけけど! もう良いわよ、そんな
事!」
「…それに…、乱暴にあんな場所に連れて行った上に、意識まで失って…。いくら王宮の
中とはいえ、僕の軽率な行動で、姫が危ない目にあっていたかもしれないと思うと…」
そう言うと、また王子は頭を下げます。
「……ごめんなさい」
こんな姿を見ていると、段々自分が王子を苛めている気分になって来ます。
王子は今だって、さほど具合は良くなっていないのです。既に彼女には、そのくらいの
事は分かってしまうようになっているので、無理をしているそんな様子は見るに耐えませ
ん。
だから考えるよりも早く手の出てしまう彼女は、王子の仮面を両手でつかむと、力任せ
に自分の目の高さまで顔を上げさせました。
「…っ! ひ、姫?」
仮面のからは、王子の驚いた声が響きます。
「だから良いって言ってんでしょ! 自分の具合が悪い時に、ぐたぐたと謝ってない!」
そう言って王子の仮面をつかんだまま、後ろへと押し倒し、無理矢理ベッドに寝かしつ
けます。
「な、ちょっと…、姫?」
それに抗おうと、王子が彼女の手をつかんで、再び起き上がろうとしました。ですが、
体調のためあまり力が入らないようで、当然彼女はそれを阻止します。
「…まっ、まだ、僕…、お話…、が…っ…!」
「寝てたって、話くらい出来るわよっ! いいから横になれっ!」
「――っっ!」
王子の力と彼女の力では、いくら弱っていても元に差があるため、今の状態でも何とか
押さえ込めるくらいの状態です。ですから、その体勢は必然的に王子に密着し、体全体で
彼をベッドに押し戻す格好になりました。
すると、今まで抵抗していた王子の手から急に力が抜けたのです。
「れ? …王子?」
ところがそれだけでなく、そう言っている間に、王子の体温がみるみる上がったので、
エルヴィーラ様はびっくりしてしまいました。
「お、王子! ちょっと、大丈夫??」
仮面を手で軽く叩きます。すると、上ずった声がそこから響いてくるではありませんか。
「っ、ちっ、ちかっっ、」
「ちか??」
何を言っているのか分からず、彼女は無意識に顔を仮面に近付け、聞き取ろうとしまし
た。
すると、今度は悲鳴のような声が上がるのです。
「ちっ、ちち、近いですからっ、顔っ! はっ、離れっ…、てっっ!」
そう言って手を突っ張り、抵抗しようとするのですが、いかんせん力が入っていません。
「は? …何言ってんのよ! そんな事言ってる場合じゃ…、って、…れ?」
王子の体は熱いだけでなく、密着するエルヴィーラ様にも分かるほどに、心臓が早鐘の
ように鳴っているのです。
そして、彼女は気が付きました。
(も、もしやこれって…! て、照れてる――!)

続く