◆◇ 確定? ◇◆

まさか王子からそんな事を言われるなんて! 全く予想していなかったエルヴィーラ様
は、一瞬にして頭が沸騰するのが分かりました。
「っっなっ、何よ! 急に!」
「…別にっ、急、じゃないですよ! …だって、僕はっ…、…姫の事がっ…。…っだから
っ…、この国来てもらっ…」
彼女が苛めすぎたせいなのか、王子の頭も沸いてしまっているようです。
「…僕が倒れた時、その…、仮面を外さなかったのは…、…やっぱり…、僕に…、…興味
がないからなんでしょうか!」
王子はベッドから体を浮かし、きっ、と彼女の顔を見上げました。
(――っはぁっ?)
その真剣な様子に、何を言ってるのかと、彼女は口を大きく開けてしまいます。
「なっ、何で、そうなんのよ! って言うか、あんたの仮面を取ったか取らなかったかな
んて、分かんないでしょ! って、取ってないけど!」
「分かるんですよ! これは一見簡単に元に戻せるように見えますが、実は一旦仮面を取
ったが最後、仕組みを知らない者には、戻せないようになってるんですから!」
「えええっ? そうだったの? あっぶな――」
そこまで言ってしまってから、彼女ははっとして口を押さえましたが、それはもはや後
の祭りでした。
「……取ろうとしたんですか?」
きょとんとした王子の声を聞いて、彼女は大いに慌てて言い募りました。
「ちっ、違うわよ! べべべ別にそんなんじゃなくって、いやだって、無防備な状態で目
の前にあったら、そりゃ見たいってのが人情じゃない! …って、だけど見なかったも
ん! 見なかったんだから!」
エルヴィーラ様は既に支離滅裂で何を言っているのか自分で分からなくなっていました。
そんな彼女にお構いなく、王子は勝手に何かを納得したようです。ベッドに再び体をゆっ
くりと沈めながら、こう呟きます。
「…何だ。そうか…」
心なしかその声は弾んでいるのです。
彼女は自分の失態に頭を抱えました。せっかく王子からイニシアチブを奪還したばかり
だというのに、これでは自分が王子に興味を持ち始めた事を暴露したも同然です。
突然あんな直接的に、『自分を好きか嫌いか』のような質問をされたら、動揺してもし
かたない事なのかもしれませんが、彼女は本当に何とも思ってない相手にそんな事を言わ
れても、ヒドイくらいに冷徹な行動を取れる人間だと自負しているので、そんな自分の態
度にも驚いてしまったのです。
(なにやってんのよ、なにやってんのよ、なにやってんのよあたしーーーー!)
王子は更に、ぽつりとこんな事を言い出しました。
「…また助けられちゃいましたね」
彼女は混乱しながらも、『また』という言葉に反応しました。その言葉につられて王子
の方へ顔を向けると、彼もエルヴィーラ様の方を見ていました。
「…姫は今のここでの生活を続けてくれる気があったから、僕の素顔も見ないでいてくれ
たんですよね」
相変わらず頭の回転の速い王子です。でも、ローランの持ち上げにも思いましたが、そ
んなにハッキリと自分を信じてもらえると、何とも面映い気分になってしまうのです。
「…別に…、まだこの国の事も、…あんたの事だってよく分かんないから、軽はずみな事
をしたら、良くないかなあって思っただけだもん。お、…王子のためじゃない…わよ」
「…そうかもしれませんが、僕にとっては嬉しい事です。…それに」
仮面の下の王子の瞳が、彼女の顔をしっかり捉えたような気がしました。
すると、エルヴィーラ様の心臓が、即座に反応し出したのです。
(えっ、えええええ、ええーーーーー?)
心の中とは言え、彼女は自問自答の悲鳴を上げてしまいました。
それもそのはず、まさか仮面に覆われた人間に見られて、自分の胸が高鳴るなんて事が
信じられません。頭は再び沸騰しますが、王子の言葉だけはちゃんと耳に入ってくるのだ
から不思議です。
「…ローランが来た時、姫が僕を庇うようにしていたって聞きました。あの場所に行く前
の僕の態度がおかしかったから、姫は僕を守ってくれたんですよね。…違いますか?」
「…それは…、…とっさだったから…、だし。…大体、そんな深く考えて行動なんてしな
いわよ…! あたしは…」
彼女は自分の顔が赤くなっているだろうと思い、王子から目をそらしました。
本当に今日は何て日なのでしょう。彼女は自分に起こっている変化を、受け止めきれず
にいる自分を感じました。
「あの時もそうでした」
再び彼女は王子の言葉に吸い寄せられ、そらした瞳を戻していました。王子が発した
『あの時』が、先ほどの『また』と同じ響きだったからです。
彼は天井を見上げ、もう彼女の方を向いていませんでした。
「…僕が姫の国へ行った話しはしたでしょう」
「…ええ」
「…僕はまだ九歳になったばかりで、しかも外国へは初めてだったんです。…成人の儀式
という事でしたが、僕は年齢も年齢なので、ただ父の代行で、姫にご挨拶に上がっただけ
だったんですよ。
そうして行ってみたらびっくりで、聞いたこともない国々から、大勢の求婚者たちがひ
しめきあっているじゃないですか。…僕は思いました。
『こんなに求婚を受けるエルヴィーラ様は、一体どんな方なんだろう?』
って。ところが、ご本人に挨拶をする事になった日、姫は体調がすぐれないという事で、
お会いする事が出来なかったんですよね」
そこまで聞いていたエルヴィーラ様は、手で自分の顔を覆いました。今まですっかり忘
れていた事を、王子の言葉によって思い出させられたからです。
「…そ、そんな事もあった…、わよね…」
エルヴィーラ様の成人の儀式は、それは盛大に執り行われ、七日に渡っていたのです。
が、彼女が求婚者に謁見したのは、そのうちたったの三日間。というのも既に、一日目
の謁見を終えた時、求婚者たちの中に、全くと言って良いほど興味を惹かれる人物がいな
かったからでした。
それもそのはずで、求婚を急いているのはある程度の年齢を経た者達が多く、彼女の希
望する妙齢の男性など、非常に稀有な存在です。そしてそれが貴族になれば、更に顕著に
なって来て、いくら相手が裕福で血筋の確かな者であっても、彼女にとっては存在理由さ
えないに等しいのです。
そんな状態だったため、三日目までは何とか我慢したのですが、それ以降は王宮の中を、
ずっと逃げ回っていたのでした。ですが、招待した各国の方々には、『姫が逃げた』とも
言えないので、『体調がすぐれない』という事にしたのです。これに関しては、その後王
妃からキッツーい大目玉をくらったので、忘れたくても忘れられない思い出になっていま
した。
「ですから僕は、ジラルディーノ国王と王妃にご挨拶を差し上げるだけにして、自国に戻
る事にしようと思ったんです。
ところが、お二人の元に向かう前、大変由緒あるコフラー王国の王子と、その国と仲が
良い大国、メンディリバルの王子に会ってしまったんです。その二国は、ジャーデを心良
く思っていないという事を父から聞いていましたので、僕は出来るだけ粗相のないように
しなければと思いました。
ですが、そうはなかなか上手くいかなかったんです…」

続く