◆◇ 後悔 ◇◆

あれからどのくらい経ったでしょう。

一睡もせずあんな事があったエルヴィーラ様は、随分と長い間意識を失っていたような
気がしました。
目を開けると既に外は暗いようで、部屋にも明かりが灯されています。ですがよくよく
部屋を見ると、ここは自分の部屋ではないのです。記憶を頼りにベッドの横へと目を走ら
せれば、やはりそこには、ガラス細工の鳥がありました。
(…ここは…、王子の部屋…?)
その名を出すと、意識を失う直前の、彼の様子が思い出され、彼女の目には熱いものが
込み上げます。それを拭おうと動いた事に気が付いたのか、侍女達が側へとやって来るの
が分かりました。
「姫様、お気付きになられましたか?」
「どこがご気分の悪い所はございませんか?」
侍女達も、彼女が倒れた状況を聞き及んでいるのでしょう。目を覚ました彼女を見ると、
見る間に顔に安堵が広がり、中には涙をためている者もいるほどです。
いつもは当たり前に世話を掛けている侍女達が、こんなに自分を心配するとは思っても
いません。そして今までの彼女なら、『自分に何かがあったなら、この子達の職がなくな
るもんね』くらいに考えていたのですが、王子とローランの主従関係を見た後では、そん
な風には思えません。
「…し、心配掛けたわね。私は平気よ…。ありがとう…」
などとしおらしく皆に声を掛けてしまったものですから、これを聞いた侍女達は、逆に
彼女の容態を心配してしまうのでした。ですが、彼女の瞳に憂いを感じ、あまり深くは尋
ねません。
そうきっと、この侍女達にも、彼女が国に返される事情が伝わっているのでしょう。
「…私はどのくらい眠ってたのかしら?」
彼女にはあの儀式が、既に遠い過去のように思えていましたが、侍女たちが言うには、
まだ数時間しか経っていないとの事でした。
「姫様がお倒れになったので、謁見の間からはソウ王子のお部屋の方が近いと判断されま
して、こちらにお運びする事になったのです」
「…それは…、誰が?」
それが王子ならば――でも、それはやはり叶わない事でした。
「王妃様が仰られました。そしてローラン様がお運びになられたのです」
彼女にとって、それは最後通牒のような言葉です。
『では王子はどこにいるのか?』などと言う、追求を許さないほどの潔さで、王子は全て
に幕を下ろそうとしているのです。彼女は自分の行動を、これほど後悔した事は、今の今
までありませんでした。
(そうよ、王子は、ずっと…。言っていてくれたのに…)
これから彼に、全てを話してもらったとして、それが何になるのでしょう? 彼女は再
び、目の前が、真っ暗になるような気がしました。

「…そんなに気を落とさないで下さい、エルヴィーラ様」

今にも暗闇に飲み込まれそうな彼女の耳に、ローランの声が飛び込みます。驚いて顔を
上げると、そこには紛れもなく彼が立っているではありませんか。
「…無礼をお許し下さい。エルヴィーラ様がお気付きになられるのを、あちらで待たせて
いただいていました」
心配そうなその顔は、まるで闇夜に灯るランプのように、暖かで、優しい光そのもので。
それを見たエルヴィーラ様は、涙が溢れて止まらなります。
「…ローラン、ごめんなさい。私、あなたを疑ってしまった…。ローランが、どんなに王
子の事を大切に思っているか分かってたのに…」
「エルヴィーラ様…?」
彼女の心は弱りに弱り、そんな弱った心が取ったのは、彼女に似合わぬ懺悔でした。そ
んな事を今さらしても、何がどうなる訳ではないと思いながらも…。そこには今までのよ
うな、強いエルヴィーラ様の姿はどこにもなくなっているのでした。
そんな彼女の姿を見て、ローランも言葉を失っているようでした。
「…でもね、私が…ローランを疑ってしまった時も…、王子はずっと…ローランを信じて
いたわ。だから…、あたしも…、ローランを信じられたの…。でも、もうダメなの…。王
子…、婚約…解消…しちゃう…って…」
彼女が涙でつかえながらも、ローランに心を吐露すると、彼は心配顔からゆっくりと、
暖かな笑顔になって言いました。
「エルヴィーラ様は…解消したくないんですね?」
彼女は子供のように頷きます。
それを確認すると、彼は本当に嬉しそうな顔で言うのです。
「…実は、私にちょっと考えがあるんです。言ったでしょう。私はエルヴィーラ様に王妃
になってもらいたいって。だから私は王子の味方ですが、あなたの味方でもあるんです
よ」
「…ホントに?」
まるで噛んで含めるような言い方でしたが、今のエルヴィーラ様の危うい心境は、純粋
な子供そのもので、それが却って心強いのです。
「…ええ多分。あの方の気性はよく分かってますから。強情ですけど、有言実行っていう
のは、案外突き崩しやすいんですよ」

そう言ってローランは、自信たっぷりに彼女に向かい、片目をつむって見せるのでした。

続く