◆◇ 形見 ◇◆

「あの場は、全て王子が、私の心の内を陛下に分かってもらうために仕組んだ事だったん
です。ずるいでしょう? こんな事をされたら、心酔しますって、普通」
そう言って、ローランは照れくさそうに笑いました。
「それ以来、私はずっと王子に命を預けています。だって今の私の存在は、全て王子のお
陰なんですから。だからあの時、『私を優しいと言って下さるなら、王子を気に入る』と
言ったんです」

「ううーーーーーーーっ」
王子が休んでいるという部屋の前、彼女の目は部屋を出た時よりも、更に赤く腫れてし
まっていました。こんな顔で王子の所に行くなんてと、一抹の不安は感じつつも、二人の
信頼の根底を聞けて、彼女は大いに満足でした。
「こんな恥ずかしい話をお聞かせしたんですから、頑張ってもらわなければ困りますよ」
そう言って、ローランは彼女の背中を優しく押してくれるのでした。
その期待に答えるべく、エルヴィーラ様は意を決して部屋をノックする事にしたのです。

「…はい」
中から王子の声が聞こえます。
「ローランです。入ります」
そう言って彼が声を掛けると、すぐに『どうぞ』という声が返って来ました。彼女はロ
ーランをもう一度振り返り、そして彼の笑顔の力を借りると、ようやく扉を開けるのでし
た。

部屋に足を踏み入れると、王子は彼女と同じく仮眠を取っていたようで、未だベッドの
中におりました。
「…随分掛かったね。姫の様子はどうだった?」
ベッドからやっと体を上げた王子には、まだ彼女の姿が入っておらず、エルヴィーラ様
は自分を気遣う王子の言葉を聞けて、また涙が出そうになりました。
でも、泣いてはいられません。
「…あたしは大丈夫よ」
彼女がそう答えると、その声が耳に届いた彼は、とっさに何かを探すような素振りを見
せました。
ですがその途中で気付いたのか、顔に手をやるとため息をついて、こちらを振り向き言
うのです。
「…驚かせないで下さい…」
この数ヶ月、彼女の前では仮面を被る事を余儀なくされていたのですから、声を聞けば、
条件反射が出ても仕方のない事です。
「もういらないんでしたね」
そう言うと、体を起こしてベッドから降ります。彼女も部屋で寝ていた時の服なのが分
かったのか、王子も以前見た寝間着と同じもののままで対応する事にしたようです。
彼に椅子を勧められ、王子の前に座ります。そして、儀式ではゆっくりと見る事の出来
なかった王子の顔を眺めました。
正面から直視されるのはいくら彼でも恥ずかしいらしく、目を伏せたので、彼女も頬を
赤くして口ごもりました。
「…わざわざ出向かれなくとも、話は明日でも良かったんですよ」
王子はなおも目線を彼女の方には向けません。
「…今日じゃないと…。だって、約束したでしょう、プレゼントをあげるって」
そう言うと、やっと彼の目線が上がりました。
「ああ…、そうでした」
ですが彼女が何も持っていないのは分かるらしく、彼の顔に不思議な色が浮かびました。
「でも、それは王子の話を聞いた後で渡したいの。だから…、聞かせて…?」
その言葉を彼女から聞くと、王子は眉根少しを寄せ、困った表情になりました。ですが、
もう決心はついているらしく、約束を果たそうと口を開きました。
「…分かりました。……大まかな事は儀式で言った通りです」
それを言うのはとても辛い事に違いありませんが、王子の顔は、あの時殿下に見せたよ
うに静かな表情をたたえます。王子はいつの頃からこんな、哀しい感情の殺し方を身につ
けたのでしょう。

「…殿下が言うように、僕と両親とは、全く血が繋がっていません。この事は、国民には
本当に漏れていないと思いますが、一部の臣下しか知らないトップシークレットにも拘わ
らず、王宮の中の者には、何らかの形で知られてしまっている事実と言って良い事なんで
す」
そう聞いて、ローランの言っていた事と合致するのが分かりました。彼はきっと、かな
り幼い頃に、自分の事を知ってしまったに違いありません。その時の衝撃は想像に難くな
く、エルヴィーラ様の胸を締め付けます。
表情を硬くしていた彼女に気が付いたのか、王子は少し表情を緩めて言いました。
「僕の部屋の…、ベッド横に、ガラスの置物があったのを見ましたか?」
王子に気を遣われるとは! と、彼女は申し訳ない気持ちになりました。ですが以前か
ら気になっていた、ガラスの置物の話を振られ、傍目に分かるくらいに緊張が解けたよう
です。
「…ええ、可愛い置物だって、前から思っていたから…」
そう聞くと、王子は優しく笑いました。その笑い方は、何となくローランと似ています。

「…あれは、僕の本当の母の形見なんだそうです」

続く