◆◇ プレゼント ◇◆

エルヴィーラ様が突然大きな声を上げたので、王子も驚いて顔を上げました。
そして彼が見たものは、真っ赤になって怒っている、彼女の顔だったのです。
「そーよ、確かにあたし! ここに来た時、王子見てショックだったわよ! だって、そ
れはしょーがないじゃない! ローランが先に出て来たら、十人中九人はあっちが王子様
だって思うっつーの! サギだって思ったわよ!」
王子は何故彼女にこんな事を言われているのか分からず、顔に『?』マークを浮かべて
いましたが、『サギ』と言うくだりを聞くと、口の中で小さくその言葉を反すうするので
す。どうやら彼は傷付いたようです。
「…わ、悪かったわよ! だって、だってあたし…、すっごいメンクイなんだもの! あ
たしが成人の儀式で仮病を使ったのだって、もう全ッ然、カッコいい人がいないからだっ
たのよ!」
王子の様子に焦ったエルヴィーラ様は、言わなくて良い事まで言っている感じですが、
四年前の事を聞くと、王子の顔には『やっぱり』という表情が浮かびました。
そして、複雑な表情でこう言うのでした。
「面食いまでは良く分かりませんでしたが…、つまり、やっぱりローランの事は好きなん
ですね」
彼女は何故かその王子の言葉が、グサグサと胸に刺さるのでした。それは『好き』とい
う現在進行形の表現だったからかもしれません。
「…ううっ。ス、スキは好きよ! でも、違くて! 言いたいのはそうじゃないの!」
「…?」
「…でも! 確かに身長とか歳とか顔とかにはこだわるけど、あ、あたしは好きになった
ら別に身分なんて考えないもん!」
「…??」
どうやら今だに彼女が指し示している人物は、ローランの事だと思っているようで、王
子は複雑な表情に更に哀しいような表情が追加されただけでした。
「――っ、だからぁ、そうじゃなくって――!」
「…???」
今度は王子の顔に混乱が追加されました。
思いも寄らない展開に、彼女の頭は真っ白に、そして顔は真っ赤に茹ります。

せめてもう少しロマンチックに行きたかったのですが、自分の地が出てしまえば、それ
は無理な事なのが痛いほど分かりました。けれど、そういう自分を王子は好きだと言って
くれたのですから――。
彼女は意を決し、大きく息を吸い込んで叫びました。

「だからぁ! あたしが好きなのは王子なのよ!」

彼女の張り上げた声は、外にいるであろうローランに、漏れなく届いているに違いあり
ません。
ですが今の彼女には、それを気にする余裕は皆無。そして言われた当の本人の王子はと
言うと、大きな目を見開いてはいましたが、何のリアクションも起こさなかったのです。
心は急いていましたが、告白した者の礼儀に倣い、エルヴィーラ様はそれからたっぷり
数分の間は待ちました。
けれど王子はその間に、何故か喜ぶどころか、軽く落ち込んでいる様子なのです。これ
には告白した彼女の方が驚きました。
そして口を開いた王子は、ぽつりとこう呟いたのです。

「…同情と、好きは違いますよ」

一瞬何を言われたのか把握出来なかったエルヴィーラ様でしたが、『同情』の言葉が脳
に染み込んでいくと、今まで上がる一方だった血の気が一気に引いてしまいました。
(なんですと――!)
ガラガラと目の前が崩れ落ちるような感覚に、彼女はしばし茫然自失となりましたが、
眼前の憂えた王子の顔を見ると、無性に腹立たしくなり叫んでいたのです。
「どっどどどどどど同情で、こんな事言えるかーーー!」
そして彼女は再び鉄拳を王子に繰り出そうとしましたが、さすがに素人のこぶしを二度
も受ける気はないようで、易々と受け止められてしまいました。そしてその手を握ったま
ま、更に王子が言った言葉は…。
「…分かりませんよ、言ったでしょう。あなたは何のかんの言って優しいって」
何故かその顔には子供のような拗ねが入っているのでした。
(え――っ!)
エルヴィーラ様は真っ白の頭がさらに完全に漂白されて行く気がしました。

一世一代の告白がこんな結果――

遠い過去に思い描いた、少女趣味も甚だしいプロポーズのシーンが頭をよぎります。い
くらなんでも、そんな夢物語のような事はないと、既に理解していたエルヴィーラ様では
ありましたが、まさか自分から告白して信じてもらえないとは――

…人がこんなに真っ赤になって、
勇気を奮い起こして、心臓バクバクで告白してんのに、
こここここここの、このお子ちゃま王子ぃ――っ!

エルヴィーラ様は彼から無理矢理自分の手を引き剥がすと、大股開きで王子に詰め寄り、
彼の頭を両の手でがっしと掴みました。
「っ!」
さすがにこの行動に驚いた王子が声を上げようとしましたが、それを許さず、彼女は自
分の胸に無理矢理彼の顔を押し付けます。ついに完璧な怒りモードに移行したエルヴィー
ラ様は、『つつしみ』までもが振り切れてしまったのです。
「――ばかっ! 同情でこんなになるわけないじゃないっ!」
彼女の胸から王子の顔へは、かなりの速度ではありますが、規則的な鼓動がばっちりと
伝わって来ます。しかし彼はそれどころではないようで、密着した時間経過に伴って、ぐ
んぐんと熱が上がって行くのが分かるのです。そんな状態を打破しようと、王子は必死に
エルヴィーラ様から逃れようとしましたが、この体勢では彼女の体の詳細が分からないら
しく、無闇に触る事も出来ず、抗う手だけが空しく虚空を掻くのみです。
「や、ややややや、やめて下さい! と、ととと年下だと思って! そーゆー行動! 僕
も男なんですよ!」
「年下なんて、もう思ってないわよ! 好きだって言ってるでしょ! 何で本気にしてく
れないのよ! 男に決まってんじゃない! じゃなきゃこんなにドキドキしてないわよ! 
ばかっ!」
「――っ、わ、分かった! 分かりましたから…。放して下さい!」
「やだ! 分かってない! 王子は全っ然分かってない!」
「――……」
エルヴィーラ様はまた泣き出していました。今日は何度泣いたら気が済むのかと自分で
も思うのですが、涙が出るのだから仕方がありません。
それはほとんど王子のせいなのに、それを彼は分からないのでしょうか?
泣くと体から力が抜けて行くようで、すぐに彼女は王子の頭を押さえるのを止めました
が、そんな彼女から、王子も無理に自分の体を離そうとはしませんでした。しばらくそう
やって抱き合ったまま涙を流していましたが、少し経つと、王子は静かに彼女の顔の高さ
に体を起こし、両の手でエルヴィーラ様の肩を掴みました。
それに気付き、涙でにじむ瞳を開けると、王子が顔を近付け、優しく自分を引き寄せよ
うとしている事が分かりました。
唇に王子の唇が触れるのを感じると、その反射でまぶたは彼女の意思も聞かず、勝手に
閉じてしまいます。肩にあった王子の手が、彼女の体を包むように回され、それと合わせ
るように彼の唇が、ゆっくりと彼女の口を吸っていきます。
ぼうっとした高揚感で、心臓の音も、上がった体温を気にする余裕もなく、エルヴィー
ラ様は王子にされるまま、深く唇を重ね合ったのでした。

続く