◆◇ 大団円 ◇◆

あの事件からどのくらいが経ったでしょう。

エルヴィーラ様は今ジラルディーノにいました。久しぶりの故郷はやはり懐かしいもの
です。そんな感慨に浸るその横で、
「…でもまさかこんな事になるなんてねえ…」
そんな事を言う、母親の呟きを彼女は聞き逃しませんでした。
「…それはどういう意味なの? お母様」
エルヴィーラ様の母親、ジラルディーノ王妃は、その美しい顔に複雑な表情を浮かべて
言うのです。
「…やっぱり、ジャーデの皇太子は、他国の王子と違うと思っただけです。本当に物好き
だわ」
以前想像した通りの言葉を吐く母を、彼女は睨んで言い返します。
「だからどういう意味なのよ! 嬉しいなら嬉しいって喜んでくれたって良いじゃない
の!」

二人の先にあるバルコニーで歓談を交わすジラルディーノ国王陛下、そして弟殿下のエ
リク王子とソウ王子を眺めながら、二人はこんな話をしていたのでした。
こちらとは違い、向こうは和やかに話が続いているようです。
「もちろん嬉しいに決まっているでしょう。これでやっとあなたにも人並みの落ち着き先
が決まったのですからね。しかも、相手はあのジャーデですよ。これを喜ばない母親はい
ませんよ」
王妃はそう言って、やっと満足の笑みを浮かべるのでした。そう、エルヴィーラ様は王
子との婚姻も無事決まり、ジラルディーノに、王子共々報告と言う名の婚前旅行にやって
来ている訳なのです。
そして送り込まれた時の屈辱もある彼女は、王妃に鼻息も荒く、上手く行った報告を突
きつけたのですが、その後の言葉が『こんな事』発言だったのです。
「…で、ちゃんとやっていけそうなのね」
王妃は王子を見ているようでした。
「…もちろんよ! なんだったら、お母様に負けないように、今年にでも子供を作ってみ
せるわ!」
ですが、やはり王妃は抜け目なく言いました。
「今から作っても、生まれるのは来年です。私に勝つ事は永久に出来ませんよ」
「…か、数の事よ! あたしはお母様より産むわ! 王子も姫もガンガン産むわよ!」
そう息巻くと、王妃は楽しそうに言いました。
「…楽しみにしてるわ…」
そう涼しく微笑まれては、もはや何も言い返す言葉もありません。やはりこの母に、言
葉では到底勝てないようでした。


「王妃どんなお話をしていたんですか?」
エルヴィーラ様の顔を見て、王子が微笑みながら話しかけます。ただそんな事が彼女に
とっては心躍る事だなんて、王子は分かっているのでしょうか。
「…あなたの事、他の国の王子とは違うって褒めてたわ」
「本当ですか?」
疑わしそうな目で王子はこちらを窺います。
「本当よ。まあこの言葉通りじゃないけど、あたしにはそう聞こえたわ」
そう、王妃の『物好き』は褒め言葉なのです。
「…なら良かったです」
そう言って柔らかに微笑む彼を見ると、エルヴィーラ様はもう我慢出来ず、指を絡めて
寄り添ってしまうのでした。
そんな彼女の手を王子も優しく包みます。


こうして…
仮面を被って現れた王子が、まさか自分にとってこんなにかけがえのない王子様になる
なんてと、彼女はしみじみ思い返してしまうのです。
王子の小さなこの手が、やがて自分の手ををすっぽりと包むその日も来るでしょうが、
今はこのままで十分な自分を不思議に思いながら…。
そして不思議といえば、国の状況が厳しいジャーデを目の当たりにしたというのに、そ
の事で全く思い悩んでいない自分にも驚いてしまいます。二人の行く先はまだまだ困難が
待ち構えているのかもしれませんが、彼女は王子さえ側にいてくれれば、絶対に大丈夫だ
と感じるのです。

それでもただひとつ、今のエルヴィーラ様に心配事があるとすれば…。
「…ねえ王子。あなたはあたしを国に呼んだけど、もちろん他にもお妃候補はいたのよね
え? …あなたと同じ歳とか年下とか…」
 その声音に含むものを感じた王子が、少々慎重に返答を返します。
「…え? ええ、まあ。いましたけど、僕はその方達と会ってもいませんよ?」
そんな優等生な返答を聞いて、いまいち信用出来ない彼女は、ここは二人の恋の参謀役
のローランに尋ねます。
「ローラン、本当の所はどうなの?」
「…ちょっと姫! どうしてそこでローランに確認を取るんですか?」
すると美貌の護衛隊長がにっこり笑って断言します。王子ある所にローランあり。今回
はジラルディーノにもちゃんと同行したのでした。
「王子の仰るとおりですよ。それはそれはもう、たーーっくさん候補の方はいらっしゃい
ましたが、どなたとも会っておられませんから、ご安心を」
そこで一旦エルヴィーラ様は安堵するのでしたが、はっと気が付いたように思い返しま
す。
「…会ってないのなら、よけい心配じゃない! もし会っちゃったら、やっぱりそっちが
良いとか言うかもしれないじゃない!」
「エルヴィーラ様、そういう事を仰られると、王子が照れますから」
既にバカっプルのなだめ役にもなっているローランは、エルヴィーラ様をトーンダウン
させようとしますが、彼女の暴走は止みそうにもありません。
「それどころじゃないでしょ! もーーー、やっぱりジラルディーノなんかに報告に来て
る場合じゃなかったわ! 王子! 一国も早くジャーデに戻るわよ! 戻ったら結婚式だ
もの! ねっっ!」
王子はエルヴィーラ様の言葉に少々驚きながらも、心底楽しそうに微笑みながら頷くの
でした。

「分かりました。姫がそう言うのなら――」


おしまい